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東京高等裁判所 昭和40年(ネ)12号 判決 1965年10月14日

理由

被控訴人主張の請求原因事実は控訴人の自白するところである。

よつて控訴人の抗弁について判断する。

先ず控訴人は、被控訴人の本件手形上の権利は、本件手形が甲手形に書替えられたことにより代物弁済によつて消滅した旨主張する。本件手形が甲手形に書替えられたこと及びこの書替に際し旧手形である本件手形が回収されなかつたことは当事者間に争いがないけれども、このように手形の書替にあたつて旧手形が回収されない場合には書替手形の交付により旧手形上の債務が代物弁済によつて消滅したと解することはできず、手形所持人としては新手形、旧手形のいずれの権利をも行使しうる自由を有するものというべく右主張はもとより理由がない。

なお控訴人は、右手形の書替は旧手形たる本件手形を返還する約定のもとになされたものであり、仮にそうでないとしても手形の書替は取引の通念又は信義則上旧手形の返還を前提としてなさるべきと主張するが原審における控訴人本人の供述中右手形の書替にあたり控訴人と被控訴人との間に旧手形を返還する約定があつたとの点は、原審証人小杉清吉の証言と対比すると措信し難く、他にかかる約定があつたことを肯認するに足る証拠はないし、また取引の通念又は信義則上手形の書替が常に旧手形の返還を前提とすべきものと解すべき論拠はない。また控訴人は、本件手形はその受取人および第一裏書人が控訴人となつていたが、甲手形では然らずして受取人および第一裏書人は被控訴人となつていることを理由として右書替によつて控訴人の裏書債務が消滅したと主張するけれども、手形の書替にあたり旧手形が回収されなかつたときは手形所持人は新旧手形のいずれの権利をも行使しうる自由を有することはさきに説示したとおりであつて、被控訴人が控訴人に対し本件手形上の権利を行使しうることは明らかであるから、右主張は問題にならないというべきである。

次に控訴人は、被控訴人の本訴請求が権利の濫用であると主張する。そこで《証拠》を総合すると、被控訴人は本件手形振出の二、三ケ月前に当時控訴人が代表者であつた第一工芸に対して金五万円を利息月六分、弁済期一ケ月後の約定で、貸付け、その支払確保のために第一工芸から額面金五万円の約束手形の振出をうけたが、第一工芸は期限に右元利金を支払うことができなかつたため、右手形は額面金五万三〇〇円(右元利金)の約束手形に書替えられ、本件手形はその後の書替手形であること、被控訴人は本件手形を甲手形、乙手形に順次書替をうけたのであるが、控訴人は右書替の都度利息として金三、〇〇〇円宛を被控訴人に支払つたことが認められ、原審における控訴人本人の供述中右認定に反する部分は採用できず、他にこの認定を左右するに足る証拠はない。してみると、被控訴人が手形の書替によつて控訴人から利息を二重取りしたというのは当らないし他に被控訴人の本訴請求を権利の濫用と目すべき特段の事由と見出すことができない。

なお被控訴人が乙手形にもとづき第一工芸に対して手形金の支払を求めて訴を提起し、その勝訴判決が確定したことは当事者間に争いがないが、第一工芸が被控訴人に対しその手形金を支払つたことを控訴人において主張・立証しない限り右勝訴判決が確定したこと自体は被控訴人の控訴人に対する本訴請求を妨げるべき事由たりえないことは云うまでもないところである(もつとも、被控訴人が第一工芸から本件手形金の利息の一部の支払をうけたとして、本訴請求を減縮していることはさきに事実摘示に記載したとおりである)。

以上により控訴人の抗弁はすべて失当というべきである。

よつて被控訴人の本訴請求は正当であり、これを全部認容した原判決は相当というべく本件控訴は理由がないが、被控訴人は当審で本件手形金に対する昭和三九年九月三〇日以降同年一一月七日まで年六分の割合による利息を第一工芸から支払をうけたとしてその部分の請求を減縮するというので、この限度で原判決を変更する。

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